大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成2年(オ)1211号 判決

上告人

八藤勝久

右訴訟代理人弁護士

一井淳治

光成卓明

吉岡康祐

被上告人

シンキ株式会社

右代表者代表取締役

前田直義

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人一井淳治、同光成卓明、同吉岡康祐の上告理由について

所論は、要するに、仮差押解放金の供託により仮差押執行が取り消された場合は、仮差押えによる時効中断の効力は将来に向かって消滅し、時効が新たに進行するというべきであるとし、これと異なる原審の判断は、法令の解釈を誤ったものというにある。

しかしながら、仮差押えによる時効中断の効力は、仮差押解放金の供託により仮差押執行が取り消された場合においても、なお継続するというべきである。けだし、民法一五七条一項は、中断の事由が終了したときは時効中断の効力が将来に向かって消滅する旨規定しているところ、仮差押解放金の供託による仮差押執行の取消しにおいては、供託された解放金が仮差押執行の目的物に代わるものとなり、債務者は、仮差押命令の取消しなどを得なければ供託金を取り戻すことができないばかりでなく、債権者は、本案訴訟で勝訴した場合は、債務者の供託金取戻請求権に対し強行執行をすることができる(大審院大正三年(オ)第七七号同年一〇月二七日判決・民録二〇輯八巻八一〇頁、大審院昭和七年(ク)第七八九号同年七月二六日決定・民集一一巻一六号一六四九頁、最高裁昭和四二年(オ)第三四二号同四五年七月一六日第一小法廷判決・民集二四巻七号九六五頁参照)ものであるから、仮差押えの執行保全の効力は右供託金取戻請求権の上に存続しているのであり、いまだ中断の事由は終了したとはいえないからである。

本件において原審の適法に確定した事実関係によると、被上告人は、昭和五七年九月一七日、上告人の連帯保証の下に、有限会社アート天幕に対し一〇〇万円を弁済期同年一〇月一五日の約定で貸し付け、同月二一日、本件連帯保証債権を被保全債権として、上告人所有の本件不動産に対する仮差押決定を得て、その執行をしたところ、その後、上告人が仮差押解放金を供託したため、同五八年一二月一日に本件不動産に対する仮差押執行が取り消された、というのであるから、仮差押えによる時効中断の効力は消滅することなくなお継続し、本件連帯保証債権の消滅時効は進行していないというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

上告代理人一井淳治、同光成卓明、同吉岡康祐の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすべきこと明らかな法令違背が存する。

一、原判決は、「(民法一五四条にいう)仮差押の取り消しには仮差押債務者が仮差押決定に記載された仮差押解放金を供託したことにより仮差押決定の執行が取り消された場合は含まれないと解すべきである。(中略)けだし、仮差押解放金が供託された場合、当該仮差押決定に定める具体的執行(本件においては控訴人所有の不動産に対する仮差押の執行)は取り消されるが、仮差押執行の効力は債務者が供託した仮差押解放金の返還(取り戻し)請求権の上に存続するものと解すべきであるからである。したがって、民法一四七条二号による仮差押によって生じた時効中断の効力はなお存続するものというべきである。」として、上告人の消滅時効の抗弁を排斥した。

二、しかしながら、以下述べるとおり、民法第一四七条二号に定める仮差押によって生じた時効中断の効力は、仮差押解放金の供託によって当該仮差押命令の執行が取消されたときは、将来に向かって消滅し、時効期間が新たに進行を開始するものと解すべきである。

1 一般に、民法第一四七条二号に定める仮差押によって生じた時効中断の効力は、当該仮差押の執行の終了のときまで継続し、その執行の終了によって将来に向かって時効中断の効力が消滅して時効期間が新たに進行を開始する。

2 ところで、わが国の強制執行法においては、仮差押の裁判手続と執行手続とは明確に区別されている。債務者が仮差押解放金を供託した場合においても、仮差押の執行は取消されるけれども、仮差押命令自体はそのまま存続して解放金上にその効力を及ぼす。(藤原弘道「いわゆる仮差押解放金について」判例タイムズ一九七号五六頁以下)

かかる場合においては、さきの執行による時効中断力は、執行取消によって影響を受けないものの、将来に向かって効力を失う、と一般に解されており、判例は存しないものの、学説においては殆んど異論をみないところである。(有斐閣法律学全集・川島武宜「民法総則」四九五〜四九六頁、有斐閣総合判例研究叢書民法(8)「時効の中断」幾代通七二頁、青林書院新社現代法律学全集5、幾代通「民法総則」五七九頁)

3 原判決は、仮差押解放金が供託された場合、当該仮差押決定に定める具体的執行は取消されるが、仮差押執行の効力が供託金返還請求権上に存続するとしたのであるが、右は仮差押命令の効力とその執行の効力とを混同する謬見というべきである。

4 実質に着眼してこれを見ても、債権者は、仮差押後いつでも本案訴訟を経て本執行に移行せしめることができるのであり、仮差押解放金が供託されて仮差押の執行が取消された後もこれを放置して時効期間を徒過せしめるような債権者に対してまで、本来強制執行保全のために暫定的に認められた仮差押の時効中断効の存続を認めるべき理由はないといわねばならない。

三、以上、原判決には、民法第一四七条第二号の解釈の違背があり、右違背は判決に影響を及ぼすべきこと明らかなので、破棄を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例